山の子

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2010年 02月 25日

その18 <シイタケの原木栽培>

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私がお借りしている里山の持ち主・マスターTさんは、かつてシイタケの原木栽培もしておられ、
その名残りが、マスターTさんちの敷地の中には、色々と残っています。
↓の三角屋根の、ふたつの建物は、ガラス張りのシイタケ用温室。
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温室のそばにある↓この泉水は、シイタケのほだ木を浸けるために作ったものだそう。
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また、農作業小屋の中には、シイタケ専用の乾燥機という大きな機械も残っていました。
そういう設備投資をして、大がかりに原木栽培のシイタケを出荷していた時期があり、マスターTさんの奥さんは、
「収穫期は冬じゃけん。もう大晦日の夜中まで、出荷の作業をしよった」
とおっしゃっていました。

しかし、

もうずっと前に、マスターTさんは、シイタケの栽培を止められました。
何故、止められたのか、
マスターTさんにお聞きしたことはないのですが、
山で、ほだ木となるコナラやクヌギを伐り倒し、ほだ木を作って山から降ろし・・・
といった作業が大変だったこともあるでしょう。きっと。
また、安い中国産が輸入されるようになったから、というのもあるかもしれない・・・。
今、シイタケの温室は、農作業道具をしまっておく場所となり、泉水では、夏、スイカが冷やされています。






「何故、里山の手入れをするのか」。

このことについて、私は、ずっと
「いつかどこかの子ども達が、カブトムシを捕りたい!と思った時、入れる山を残しておきたいから」
と自分に言い聞かせ、人に聞かれたらそう答えることにしていました。
実際、里山の手入れを始めた頃、我が甥っ子は3歳。
夏になれば「カブトムシを捕りに行く!」と張り切り、
早朝じゃないと見つけにくいと聞けば、朝の4時に起きて、義妹や義母に連れられ(義妹も義母も大変)、
我々の手入れしている区画に通って、手入れをしている私と夫を喜ばせてくれたものでした。
また、マスターTさんのお孫さん達も、山に入って遊び、里山オーナーのやりがいとなったものです。
ですから、
今、甥っ子は10歳で、地元の少年サッカークラブの方が魅力的となり、里山へは来なくなりましたが、
保育園児や小学校の低学年の子供でも、入ってウロウロできる山というのは、やはり大事に守ってやらねば
と、今も私は思っています。
その思いは変わることは無いのですが・・・。



正直言って、
「カブトムシを捕りたい子供が入れる山を、残しておきたいから」
という理由には、ちょっと「建前的」なものを感じて、居心地が悪かった私。
なんでかって、
カブトムシを捕るのは、公園やキャンプ場が、充分にかなえてくれることですから。
<里山を手入れして残していく理由>としては、ちょっと説得力に欠けるかなぁ・・・・・・・・
と、苦しいものを感じていました。
かといって、
人に「なんでそんなことをしてるの?」と聞かれた時、
明確に答えられる他の言葉を思いつけるわけでもなく・・・・・・・・。



そんな中、
里山の手入れによって採れるようになった山菜、木の実、自分達で栽培するシイタケなどを調理し、
保存食や加工食を作っていくうちに

「生活に必要なものを得られる宝の山が、里山」

と気づき、
やっと、ここが生活の場所であり、公園やキャンプ場とは根本的に違うんだ
ということに思い至りました。

その<根本的に違う>部分こそが、<里山を手入れして残していく>理由だ!と。

・・・・・・・・って、もう、あまりにも当たり前なことに今さら気づいて、笑われそうですが、
里山に住んでいるわけじゃなく、週末に通って手入れをしている立場だと、
私の場合、このことを心の底から理解するのに、ものすごい時間と経験が必要だったらしくて。

以来、ずっと思ってます。

里山を利用するために、先人達は、山のような技術と知恵を蓄積してきた。
それらを無駄にしないために、里山の手入れをして里山を守っているんだ、と。

う~~~ん、ちょっと硬いですが。



今、日本は、世界中から食糧・食料を輸入し、大量の食品を廃棄する国になっています。
が、
ほんの60年前までは、食べるものが無く、栄養失調で餓死する人が、この国にたくさんいたはず。
その当時を知る人は、その頃、「日本が将来こういう国になっている」なんて、全く想像できなかったことでしょう。
・・・・・・・・それを考えると
この先、数十年たっても、日本が、今と同じようにバンバン食糧・食料を輸入して飽食の国でいられるなんて、
とても断言できません!
でも、その時になって、里山も田畑も荒れ果てている!食料が自給できない!なんてあわてたって、もう遅い。
おそらく、常緑樹が増え、ジャングルとなった山からは、木の実も山菜も採れないでしょうし、
キノコを採りに山に入ることも出来ないでしょう。
また、木の実やキノコが採れたとしても、
食べるための知恵と技術が、途絶えてしまっているかもしれない・・・。
常緑樹ばかりになった山から流れ出て来る水は、栄養が少ないでしょうから、
その水で稲作をしても、収穫は少ないかも。
そして、山とつながった海でも、漁獲量は減るのではないか。



考えると、次から次へと怖い未来が浮かんできてしまいます。



里山とは何か?を知ること。
そして、その里山を利用する知恵と技術を身につけること。


それが、未来への不安を少なくする方法のひとつだと、私は思っています。

シイタケの原木栽培も、先人の知恵のひとつ。
前述したように、プロでやろうとなると、たくさんの設備が必要になるようですが、
漫画の中で、ばあちゃんがやっているような、趣味の栽培なら、山さえあれば誰にでも出来ること。
そして、趣味レベルでも出来る技術というのは、基本中の基本ですから、覚えておいて損はない。
漫画に描いたとおり、先人達の試行錯誤の上に出来上がった、素晴らしい技術ですし、
素人の私でも「えええっ!???」と驚くほどの収穫が得られるのですから、
将来、中国の人件費が跳ね上がって、安い中国産のシイタケに、この国が頼れなくなった時、
必ずや役に立つはず・・・・・・・・!
ブラボ~~~♪原木栽培。



なお、シイタケの原木栽培については、<山の子 その5 ばあちゃんの山>に詳しく書いてあります。






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by t-haruno-2 | 2010-02-25 20:09


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