山の子

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2010年 05月 25日

その22 <タケノコ退治>

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「竹になるまで待って伐れ」と言われてもね・・・。
どう考えても、タケノコの状態で刈ってしまった方が、楽ちんです。
地中の部分を掘り出して食べるモウソウチクのタケノコとは違い、
ハチクは、地上にビューンと伸びた部分が食べられるタケノコですから、刈った後、食料として消費も出来ますし。
(モウソウチクも、地上にビューンと伸びた部分の、先のほうは<穂先タケノコ>と呼ばれ、食べられますが)

しかし、
その後、あらたに次々と出て来るハチクのタケノコに、青子は泣くことになるでしょう。



竹のパワーというのは、本当にすごくてやっかいです。
先日、NHKのTV番組「アインシュタインの眼」で、竹について詳しく説明がなされていましたが、
竹というのは、タケノコが地上に顔を出した後、たった40日足らずで15メートルから20メートルにまで
成長するのだとか。
ヒノキが30センチに育つまでに4年、
スギが2年かかることを考えると、本当にすごい成長力だと圧倒されます。

その成長力を支えるのが、竹林の地下に張り巡らされた地下茎。
地下30センチばかりのところに、地下茎を縦横無尽に張り巡らせ、グイグイ水分を吸い上げ、
竹はタケノコを大きく育てるのです。

この成長のスピードに、他の植物はついていけませんから、
竹が繁殖し始めた土地では、他の植物は、やがて竹林に飲み込まれて枯れてしまいます。
わずか地下30センチという浅いところに、根を張り巡らせる竹ですから、
そういうものに山を覆われると、集中豪雨の時、地すべりを起こしやすくなり大変に危険です。
というわけで、実に難儀な存在、竹、なのです。



昔は、逆に、この成長のスピードが、ありがたかったことでしょう。
建材や、日常の道具類に、大量に使われていた竹です。
樹みたいに、何十年も成長を待つ必要はなし。
どんどん伐って、どんどん使える、まことに重宝な植物だったと思われます。
また、モウソウチクやハチクやマダケのタケノコが、春から初夏にかけては、食卓をにぎやかに彩ったことでしょう。

そんなわけで、昔は、農家なら所有地に、必ず植えて繁殖させていた竹。

でも今は、建材にも、日常品にも、あまり使われなくなり、伐られることもないまま、前述したように、どんどん広がって
山やら河川敷やらを覆い尽くそうとしています。



とは言え、
この先、竹の画期的な利用法・・・
例えば、バイオ燃料の材料になるとか、竹繊維をリーズナブルに作る方法が開発されるとか、
なにかのきっかけで、また竹が必要とされる時代が来るかもしれない。
50年前の日本を知っている人達には、現在の竹を取り巻く状況は、想像もつかなかったことだと思うのですが、
50年後の状況だって、今からは想像もつかないものでしょう。きっと。
なので、竹が、重宝される時代が、もしかしたら戻ってくるかもしれない。

その時には、竹の成長力が、再び、おおいに脚光を浴びることになるのでしょう。



そういう時代が来ることを信じて、
私としては、まぁ、今は、悲観的にばかりならず、竹林の手入れに取り組むほかないのですが、
上手に竹の数をコントロールして、毎年タケノコ狩りを楽しみたい・・・
となると、イノシシの問題にもぶつかります。
イノシシは、タケノコが大好物。
タケノコ狩りの出来る竹林を維持していくと、イノシシの餌場を作ってしまう結果にもなりかねないのです。
実際、
私は、↓こういうハチクの竹林を皆伐し、
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翌年の春、漫画の中の青子のように泣くはめになりましたが、
イノシシに対しては、タケノコ畑を作ってやったようなものだったらしく、
その翌年の春からは、
タケノコの出る季節には、イノシシにボコボコとタケノコを掘り返されるようになってしまいました。
・・・いや、
今から思えば、最初の年も、結構イノシシに掘り返されていたのかもしれない。
タケノコの勢いの方が強くて、目立たなかっただけで・・・。

ともあれ、そういう事情もありますので、
イノシシの被害に悩まされている土地では、タケノコのために竹林を維持するというのは、どうかな・・・?
と思うのが、正直なところです。
ですから、漫画の中では、青子にも、竹林は皆伐させました。
漫画にも描いたとおり、
皆伐後の最初の春、出てきた竹を徹底的に伐れば、
光合成が出来なくなるせいか、次の春からの竹の勢いは、随分と弱まります。
3年目にもなれば、かなり楽に、すべてを伐り払ってしまえるはずです。
4年もたつと、ほとんどタケノコは出なくなるでしょう。そうすれば、イノシシの餌場も無くなるわけです。

もちろん、地下茎が残っている限り、
油断して10年も放っておけば、またこういう状態に戻ってしまうのですがー・・・。↓
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ハチクのタケノコ自体は、モウソウチクに比べてアクが少なく、下処理の楽な、扱いやすい食材です。

前述したように、地上に出て伸びた部分を伐って食べます。

採ったその日のうちなら、皮をむいて数分ゆでるだけで食べられます。
1分、2分・・・とゆでながら、時々かじってみてアクの抜けぐあいを確かめると良いでしょう。
翌日以降に下処理する場合は、
ゆで時間を長くするか、お湯に重曹か米ぬか、塩などを入れた方がいいかもしれない。
この場合も、時々かじってアクの抜けぐあいを確かめるのが、一番でしょう。

今の日本の市場は、タケノコ = モウソウチク という感じで、
他のタケノコをスーパーで見かけることは、ほとんどありませんが、
扱いやすいハチクのタケノコなどは、
竹林の皆伐を助けるためにも、もっと市場に出て、食べられても良いのではないか
と思います。
美味しいですし!



<ハチクのタケノコとアサリのペペロンチーノ>
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(私のお借りしている区画では、もうタケノコは出ないので、
まだ皆伐されていない、他の場所でタケノコを採って来て作ったものです)






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by t-haruno-2 | 2010-05-25 16:36
2010年 02月 25日

その18 <シイタケの原木栽培>

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私がお借りしている里山の持ち主・マスターTさんは、かつてシイタケの原木栽培もしておられ、
その名残りが、マスターTさんちの敷地の中には、色々と残っています。
↓の三角屋根の、ふたつの建物は、ガラス張りのシイタケ用温室。
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温室のそばにある↓この泉水は、シイタケのほだ木を浸けるために作ったものだそう。
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また、農作業小屋の中には、シイタケ専用の乾燥機という大きな機械も残っていました。
そういう設備投資をして、大がかりに原木栽培のシイタケを出荷していた時期があり、マスターTさんの奥さんは、
「収穫期は冬じゃけん。もう大晦日の夜中まで、出荷の作業をしよった」
とおっしゃっていました。

しかし、

もうずっと前に、マスターTさんは、シイタケの栽培を止められました。
何故、止められたのか、
マスターTさんにお聞きしたことはないのですが、
山で、ほだ木となるコナラやクヌギを伐り倒し、ほだ木を作って山から降ろし・・・
といった作業が大変だったこともあるでしょう。きっと。
また、安い中国産が輸入されるようになったから、というのもあるかもしれない・・・。
今、シイタケの温室は、農作業道具をしまっておく場所となり、泉水では、夏、スイカが冷やされています。






「何故、里山の手入れをするのか」。

このことについて、私は、ずっと
「いつかどこかの子ども達が、カブトムシを捕りたい!と思った時、入れる山を残しておきたいから」
と自分に言い聞かせ、人に聞かれたらそう答えることにしていました。
実際、里山の手入れを始めた頃、我が甥っ子は3歳。
夏になれば「カブトムシを捕りに行く!」と張り切り、
早朝じゃないと見つけにくいと聞けば、朝の4時に起きて、義妹や義母に連れられ(義妹も義母も大変)、
我々の手入れしている区画に通って、手入れをしている私と夫を喜ばせてくれたものでした。
また、マスターTさんのお孫さん達も、山に入って遊び、里山オーナーのやりがいとなったものです。
ですから、
今、甥っ子は10歳で、地元の少年サッカークラブの方が魅力的となり、里山へは来なくなりましたが、
保育園児や小学校の低学年の子供でも、入ってウロウロできる山というのは、やはり大事に守ってやらねば
と、今も私は思っています。
その思いは変わることは無いのですが・・・。



正直言って、
「カブトムシを捕りたい子供が入れる山を、残しておきたいから」
という理由には、ちょっと「建前的」なものを感じて、居心地が悪かった私。
なんでかって、
カブトムシを捕るのは、公園やキャンプ場が、充分にかなえてくれることですから。
<里山を手入れして残していく理由>としては、ちょっと説得力に欠けるかなぁ・・・・・・・・
と、苦しいものを感じていました。
かといって、
人に「なんでそんなことをしてるの?」と聞かれた時、
明確に答えられる他の言葉を思いつけるわけでもなく・・・・・・・・。



そんな中、
里山の手入れによって採れるようになった山菜、木の実、自分達で栽培するシイタケなどを調理し、
保存食や加工食を作っていくうちに

「生活に必要なものを得られる宝の山が、里山」

と気づき、
やっと、ここが生活の場所であり、公園やキャンプ場とは根本的に違うんだ
ということに思い至りました。

その<根本的に違う>部分こそが、<里山を手入れして残していく>理由だ!と。

・・・・・・・・って、もう、あまりにも当たり前なことに今さら気づいて、笑われそうですが、
里山に住んでいるわけじゃなく、週末に通って手入れをしている立場だと、
私の場合、このことを心の底から理解するのに、ものすごい時間と経験が必要だったらしくて。

以来、ずっと思ってます。

里山を利用するために、先人達は、山のような技術と知恵を蓄積してきた。
それらを無駄にしないために、里山の手入れをして里山を守っているんだ、と。

う~~~ん、ちょっと硬いですが。



今、日本は、世界中から食糧・食料を輸入し、大量の食品を廃棄する国になっています。
が、
ほんの60年前までは、食べるものが無く、栄養失調で餓死する人が、この国にたくさんいたはず。
その当時を知る人は、その頃、「日本が将来こういう国になっている」なんて、全く想像できなかったことでしょう。
・・・・・・・・それを考えると
この先、数十年たっても、日本が、今と同じようにバンバン食糧・食料を輸入して飽食の国でいられるなんて、
とても断言できません!
でも、その時になって、里山も田畑も荒れ果てている!食料が自給できない!なんてあわてたって、もう遅い。
おそらく、常緑樹が増え、ジャングルとなった山からは、木の実も山菜も採れないでしょうし、
キノコを採りに山に入ることも出来ないでしょう。
また、木の実やキノコが採れたとしても、
食べるための知恵と技術が、途絶えてしまっているかもしれない・・・。
常緑樹ばかりになった山から流れ出て来る水は、栄養が少ないでしょうから、
その水で稲作をしても、収穫は少ないかも。
そして、山とつながった海でも、漁獲量は減るのではないか。



考えると、次から次へと怖い未来が浮かんできてしまいます。



里山とは何か?を知ること。
そして、その里山を利用する知恵と技術を身につけること。


それが、未来への不安を少なくする方法のひとつだと、私は思っています。

シイタケの原木栽培も、先人の知恵のひとつ。
前述したように、プロでやろうとなると、たくさんの設備が必要になるようですが、
漫画の中で、ばあちゃんがやっているような、趣味の栽培なら、山さえあれば誰にでも出来ること。
そして、趣味レベルでも出来る技術というのは、基本中の基本ですから、覚えておいて損はない。
漫画に描いたとおり、先人達の試行錯誤の上に出来上がった、素晴らしい技術ですし、
素人の私でも「えええっ!???」と驚くほどの収穫が得られるのですから、
将来、中国の人件費が跳ね上がって、安い中国産のシイタケに、この国が頼れなくなった時、
必ずや役に立つはず・・・・・・・・!
ブラボ~~~♪原木栽培。



なお、シイタケの原木栽培については、<山の子 その5 ばあちゃんの山>に詳しく書いてあります。






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by t-haruno-2 | 2010-02-25 20:09
2010年 01月 21日

その17 <もやかき>

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マスターTさんの里山の中には、二股に分かれた大きなクヌギやコナラがたくさんあります。
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いずれも、直径が30~40cmにもなろうかという、大きな樹ばかり。
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よく見ると二股の真ん中には、切り株が、埋もれるように残っていて
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この樹が、昔、伐採され、
その後「ひこばえ」が生え、それを「もやかき」されて、大きく育ったものなんだな、ということがわかります。
コナラやクヌギには、こういう、伐られても「ひこばえ」から再生する力が強く、
老木になるまで何度も伐られて、薪、炭、シイタケのほだ木に・・・と、人の暮らしに活用されてきました。
青子が圧倒されたように、
この再生の力は、まったく素晴らしい。
そして、再生力を知り、これらの樹を里山に植えていった先人達の知恵にも、また頭が下がるばかりです。

このような「ひこばえ」からの再生は、「萌芽更新(ほうがこうしん)」と呼ばれています。
私達のお借りしている区画と、その周辺をちょっと歩くだけでも
本当に、たくさんの萌芽更新したコナラやクヌギを見つけることができます。
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これは、マスターTさんの山では珍しい、三股。↓
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どの樹も、おそらく、伐採後30~40年は経っているのでしょう。
本来は、伐採後15~20年くらいの、もっと幹が細い時期に、再度伐採されていたはずですが、
薪や炭が使われなくなり、
伐られないまま、樹も大きくなっていったようです。
しかし、この「もやかき」された樹を見るにつけ、
次の伐採に向けて、マスターTさんは、ちゃんと樹を管理されていたのだな
と思い、
胸が詰まります。
あまりにも極端な、時代の変わりように。






ところで、「やまおやじ」という言葉、聞いたことがおありでしょうか?
これは、
もっと細い段階で何度も伐採され、萌芽更新を繰り返したコナラやクヌギの根元部分が
ボコボコと、コブのあるいびつなおイモのような形状になり、
そのうちに、真ん中にあった一番最初の切り株も腐って、おイモの中が空洞になり、
なんとも言えない不思議な形になったまま、山の中に立っているさまを、
写真家の今森光彦さんが、そう呼んだのだそうで、
「やまおやじ」の写真集も出されているんだそう。

私達の区画の樹は、
一度伐られただけで、その後放っておかれたものばかりらしく、
ボコボコといびつな「やまおやじ」は見かけませんが
もっと広くこの山を歩けば、私も、彼に出会えるのかもしれません。



皆さんの近くに、やまおやじはいるでしょうか?

もしいなくても、山歩きやハイキング、キャンプなどに出かけた時、周囲の森をちょっと観察してみてください。

そこに、やまおやじや、二股のクヌギが立っていれば
そこは、かつての里山。
多くの恵みをもたらす宝の山で、
今だって、気づきさえすれば、まだまだ多くの恵みが、そこからは得られるはずです。
誰かが「もやかき」をしたあかしが、今、そこに立っているのですから。








※ ※ ※ <追記> ※ ※ ※

「やまおやじ」について、
kurooさんから、「それは雪の積もる地域の産物だよ」と教えていただきました。
なるほど。

手元に「やまおやじ」の写真がないので、文字で説明するしかないのですが、
コナラやクヌギの樹の幹が、1メートルくらいの高さのところで、
ボコボコとおイモのようにいびつな形になっているのが「やまおやじ」です。
そして、そのいびつな部分から、また新しい枝が出ている場合もある。
1メートルくらいの高さがボコボコしている・・・
というのは、そこで何度も樹を伐ってるからですが、
<そんな高い部分で伐採をしている>という点が、不思議でした。
雪の降る地域で、積雪期に樹の伐採をしていたため、
地面から、はるかに高い所に切り株が出来た、ということなのですね。

私は、「やまおやじ」は本で見たのですが、
1メートル~1メートル50センチくらいの高さのボコボコした幹の樹が
山の中に存在しているのは、
まさに
「ヌッと立っている」
感じで
今森光彦さんが、これを「やまおやじ」と名付けたのには、
「上手いな~~~」と、感心するばかりです。



さて、
というわけで、
積雪の無い我が里山には、残念ながら「やまおやじ」はいません。
しかし、
「やまおやじ」的なものは、いるのじゃないか・・・?
つまり、
そんな1メートルも1メートル50センチも背丈が無くとも
地面に近いところで、何度も伐採を繰り返されて出来た
「ミニやまおやじ」みたいなのが
我が里山にいたっておかしくは無いのじゃないかしら・・・?
と考え、探してみたら
いました!
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ちょっとわかりづらいかもしれませんが、↑の右手手前に、切り株があるのが
わかりますでしょうか?
この樹を横から見ると、こんな感じ。↓
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斜面の下手で伐採されて、その後、上手に2本の樹が育っているのがわかります。
で、真ん中あたりがくぼんでいるのは、
一番最初の伐採時の切り株は、ここにあった、ということなのでしょう。
その、最初の切り株は、今はもう、分解されて土になり無くなった。
そして、2度目の伐採を経て
今や、3度目の伐採をするべき太さに、樹は育っています。
いや、本当に、落葉広葉樹ってすごい・・・。

・・・とはいえ
これは「やまおやじ」というより
「やまおやじの足」もしくは「やまおやじの靴下」と言った方が良いかもしれませんね。

私達の区画と、その周辺には、
何度も伐採を繰り返された樹というのは、あまり無いようで
「やまおやじの足」は、これ1本(と数えるべきか?)だけでした。

でも、こういう山仕事の歴史を、この目で見られるのは楽しいことです。



積雪の無い地域の皆さん。
山歩きやハイキングの時、
「二股クヌギ」や、「やまおやじの足」を、是非、探してみてくださいね。






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by t-haruno-2 | 2010-01-21 19:47
2009年 12月 16日

その16 <海からの贈り物>

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「森は海の恋人」運動を御存知でしょうか?

山に住むばあちゃんは、「山は海の恋人」と、ちょっと間違えて覚えてしまっていますが、
本当は「森は海の恋人」という名前の、この運動。

これは、宮城県の気仙沼湾で、牡蠣やホタテの養殖をしておられる、畠山重篤さんとおっしゃる方が
もう20年以上前に始められた、
海の大切なパートナーである「山」や「森」を作る活動のことです。



畠山さんは、長年、牡蠣やホタテの養殖にたずさわってこられ、
良い漁場というのは、海に流れ込む川の上流に、落葉広葉樹の森があるものなのだ、ということを学ばれます。
何故、落葉広葉樹の森が必要か、と言うと
貝や魚のエサとなるプランクトン、
このプランクトンの生育に欠かせない養分が、
落葉広葉樹の森の、腐葉土の中に含まれているからなのだそうです。
これが、川を通じて海に流れ込めば、プランクトンが増えて、貝や魚が豊富になる。

ほんの50年ほど前までは、
薪や炭を燃料にしていたため、
里山には、その材料となるコナラやクヌギが、いっぱい生えていました(正確には、植えられていました)。
それらは、農家が使う、落ち葉堆肥の元でもあり、生活には欠かせない存在だったのです。
ですから、
その頃までは、
里山から養分いっぱいの水が流れ込み、日本中の沿岸が、素晴らしい漁場だったはず。
堆肥用に、落ち葉がかき集められていたとしても、
まだまだ充分、腐葉土は山にあったことでしょうから。
それくらい、薪炭用の林が、山々の、ものすごく広い面積を占めていたのですから。

しかし、
燃料がガスや電気、石油に切り替わり、堆肥は化学肥料に取って代わられるようになり、
里山のコナラやクヌギは「役立たず」の存在となっていきます。
そんな中で、山を持つ林家や農家が、
「売れる木を育てよう」
と落葉広葉樹の森を、どんどん杉の林に変えていったのは、いたしかたないことだと思います。
その頃は、木材の輸入が自由化されておらず、
杉を育てれば、建材として高く売れる時代だったのですから・・・・・・。

ただ、その結果、日本中の山から、落葉広葉樹の森が、どんどん減っていきました。
常緑樹である杉の林は、腐葉土を生みません。
加えて、川の上流にダムが多く作られ、川の水量そのものが減っていきます・・・。
こうして、流れ込む栄養分を失ってしまった海では、
プランクトンがどんどん減り、結果、貝や魚の漁獲量も減っていっているのです。
実際、
私が住む瀬戸内海沿岸でも、
天然の魚の漁獲量は、この数十年で、かなり減っているそうです。
瀬戸内名物のサワラなんて、本当に獲れなくなったと聞いています。
きっと、日本全国の沿岸で、同じことが起こっているのではないでしょうか。



このことに気づいた畠山さんは、気仙沼湾に注ぎ込む川の上流に、落葉広葉樹を植林する運動を始められました。
この運動のキャッチフレーズとなったのが
「森は海の恋人」。

この言葉にふさわしく、
この運動は、よくある植林イベントだけには終わっていません。
小中学生を、海にも連れ出すのだそうです。

気仙沼湾の、畠山さんの養殖場で、小中学生を前に、畠山さんは海の水をコップにすくいます。
プランクトンの豊富な海ですから、水はとても濁っている。
「透明な海が綺麗な海だ」と思っている子供達は、「うえ~~~。汚い水」と思いますが、
生活廃水で汚れているわけじゃない、プランクトンなんだ、と言って聞かせ、
なんと、その海水を飲め
と言うのだそうです。
私がその場にいたら「ゲッ!」と思うでしょう。
実際、飲めない子もいるそうですが、子供って好奇心旺盛ですね。
多くの子が「うえ~~~」って顔をしながら、飲むんだそうですよ。
その後、養殖場の牡蠣を、採ったその場で食べさせる。
美味しいでしょうねーーー。
で、
その美味しい牡蠣は、どうして出来るのか。牡蠣のためには、何が必要なのか?
豊かな山、森が必要なんだ、と教えるんだそう。

これは、スッと頭に入るだろうな、と思います。
そして、すごく広い視野を獲得するのだろうな、と。子供達が。



恥ずかしながら、私は、里山の手入れをしながら、海のことには、全く頭がおよんでいませんでした。
ですので、
ずっと手入れをしつつ
「この山の植生をどうしていったらいいのか」
結論が出ず、迷いっぱなしでした。

マスターTさんの山は、もとは薪炭林ですから、コナラやクヌギが多いのですが
しかし、
薪炭用の手入れをすることを30年前に止めてしまったため、
落葉樹が葉を落としてしまう時期になると、よくわかるんですが・・・・・・
落葉樹の下層に、常緑樹が育って来ているのが、わかりますでしょうか?↓
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これらは、落葉樹が葉を落とし、休眠している間に勢力を広げている椿、シイ、カシなどです。
薪炭林として手入れをされていた時代には、
こういう木々は、樹を伐り出す時の邪魔にもなるので、小さな苗木の段階で、冬の間に伐ってしまっていたはず。
・・・・・・でも、
30年以上、手を入れていませんから、常緑樹はすっかり大きくなって、今や「層」を成すほどです。

これらの常緑樹を、どうしたものか・・・と、私は、長く迷っていました。
だって、薪や炭を売るわけじゃないし、
家庭菜園用に落ち葉堆肥を作るにしたって、何十本もコナラやクヌギが必要なわけではない・・・。
なので、
常緑樹を置いておいて、
コナラやクヌギが、いずれ台風などで倒れたら、下層の木々に育ってもらえばいいかな?
なんて考えていた。
このあたりは、そもそも、人が手を入れる前は、シイやカシなどの照葉樹林帯だったはずです。
西日本は、そういう土地が多いですから。
ですから、
本来の植生に、いつかは戻っていってもいいのかなぁ・・・・・・・・・と。






でも、「森は海の恋人」運動を知ってから、考えは変わりました。

この山から流れる水も、瀬戸内海に注ぐ。

そう思うと、コナラやクヌギの森は、残しておきたいではないですか。



たかだか300坪の、私達の区画ではありますが、
海まで視野を広げたことで、「どういう山にしていくか」
方向が見えてきたような気がしている、7年目の冬なのでした。
   (ホント、300坪で、瀬戸内海のため!なんて仰々しいことこのうえないのですが、
    考えがまとまって、やっとスッキリしたと言うか、ホッとした気持ちなのです)





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by t-haruno-2 | 2009-12-16 16:10
2009年 11月 16日

その15 <宝の山>

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                                          つづく






7年前に里山オーナーになった頃、私は、木々の名前をあんまり知りませんでした。
いや、「あんまり」なんて言ったら、格好をつけすぎです。
「ほとんど」知らなかった。
松と杉の区別はつきますが、
杉とヒノキの違いは知らない、
というくらい、木の名前にはうとかったのでした。



里山に通うようになって、「四国の樹木図鑑」なるものを買い、
少しずつ、自分達の区画にある木の名前から
本当に少しずつ、木の特徴を覚えていきました。

そうすると、実に色々な木が、マスターTさんの里山には生えているんだな、ということに気がついた。

コナラ、クヌギといった、
「落ち葉堆肥や薪炭用に植えたんだな」
と思われる木はもとより
ホオノキ、クロモジ、ネムノキ、
      椿、タラノキ、エゴノキ、
            ケヤキ、エノキ、ノグルミ・・・・・・・・・・・・
それはもう、数え切れない種類の木が、そこにはあったのです。
そして、樹木図鑑で調べてみれば、それらには、皆、それぞれに使い道があった。
戦前までは、家具に食器に、染料に、漢方薬の材料にと、すべての木が利用されていたんじゃないの?
と思えるほど、
利用価値のある木が、そこには育っていたのです。

先祖代々、必要な木を少しずつ植えていったんだろうな
と、この山の歴史に、思いをはせました。



もちろん、もう30年近く利用されていない里山ですから、最初に植えた場所からは遠く離れて
意図しない場所に、ひょんなものが生えていたりもします。
例えば、
私達のお借りした区画には、大きなシュロの木があるのですが、
これは、淡竹(ハチク)の竹林を皆伐していたら、中から姿を現したもの。
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竹林は、もとは栗を栽培していた所だったそうですから、
栗林の中に、マスターTさんがシュロを植えたわけは、無い。
シュロの実を食べた鳥のフンが、ここに落ちて、シュロが芽吹いた結果なのでしょう。
また、
唐突な場所に、ナワシログミも生えています。
これも、きっと、グミをついばんだ鳥が、種を運んだのでしょうね。

その種の元になった木々、
シュロは、シュロ縄を作ったり、シュロのほうきを作ったりするために、
ナワシログミは、実を食べるために、
遠い昔に、マスターTさんの御先祖様が、庭先や里山の裾野に植えたものだと思われます。



そんなふうに、もう長く利用されていない里山ですから、
木々は大きく育ち、山はうっそうとしています。
30年以上前には、
15年に一度くらい、杣師(そまし : 木を伐採する仕事の人のことです)が、やって来て
薪炭用のコナラやクヌギを伐り、買って行ったそうですから
その頃の里山は、木もそんなに大きくなく、常に地面が見えるような状態だったことでしょう。

今は、15年に一度伐られることも無く
クヌギ(写真の中央の木)も30メートルくらいになって。
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でも、
昔とは、随分と様変わりしてしてしまった里山ですが、
大きく育ったコナラやクヌギは、シイタケのほだ木を大量に生み出してくれますし、
栗やナワシログミ、モクノキ(ムクノキ)などは、美味しい実をつけてくれる。
早春には、タラの芽。

昔から、少しずつ、人の手で作られてきた里山は、
やっぱり、今も宝の山なのだと思います。






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by t-haruno-2 | 2009-11-16 16:44
2009年 06月 10日

その9  <青子>

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                                                 つづく






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里山の手入れをするようになってから、世間でやり取りされる言葉のいくつかに
大きな違和感を感じるようになりました。
<自然との共存>もそうなのですが、
同じくらい、ひっかかりを感じるのが、
<手つかずの自然が残る・・・・・・>。

旅行のチラシや、TVの紀行番組で、しょっちゅう目に耳にするこの言葉。

「本当に手つかずの自然なら、人間は住めやしないし、
旅行者が、のこのことそんなとこへ行けるわけがないだろーーー!」


と、この言葉に接するたびに、つい心の中で、ムキになって叫んでしまう私です・・・。

綺麗だなぁー
と気持ち良く居られる場所というのは、必ず人間が手を入れた所です。
イギリスやスイスの、絵葉書のような風景の村だって
本来の自然のままなら、そこは巨木の生い茂る、昼なお薄暗い山か森。羊だって飼えないでしょうに。

なだらかな丘陵地帯で羊の群れが草をはむ、イギリスの郊外の美しい風景。
でも、あの島国は、
もともとは、島全体が、
ロビン・フッドの住んでいたシャーウッドの森のような、深い深い森で覆われていたと聞きます。
そこを切開いて、人間が牧場にしてきた。
結果、今、イギリスには、森らしい森など、ほとんど残っていません。
世界有数の木材輸入国でもある国。

それでも、
TVや旅行パンフレットは、その風景を<手つかずの自然>と形容するのです。

広告会社やTV局や出版社は、イメージだけの言葉をたれ流すことが多々あります。

でも、
私だって、里山の手入れに関わらなければきっと、世界自然遺産の、どこかの山へ行って

「うわ~~~。手つかずの自然だわ~~~♪」

と叫んでいたことでしょう。

事実を知るということは、どんなことでも、大切なことだと思います。
人の作ったイメージにうかうかと乗せられ、流されないためにも。






ところで、
私は田舎の生まれ育ちで、近所の山を駆け回って遊んでいたのですが、
その土地では、グミ全般のことを「しゃしゃび」と呼んでいました。
なので、
私は、ごく最近まで、「グミ」と「しゃしゃび」は別のものだと思い込んでいたのです。

いや、だって、「グミ」と「しゃしゃび」じゃ、違いすぎるでしょう??????

「ググミ」とか「グミミ」とか呼ばれていたのならともかく。

ですから、「よく似ているけれども全然違う植物なんだ」と信じ込んでいました。

子供時代、身近にあった植物や昆虫、魚などは
今も、その土地の言葉でのみ覚えていて、
全国共通の名を知らないってことが、きっとたくさんあるのでしょうね。

しゃしゃび。
あまり「当たり」の実に出会ったことがなかったのか、記憶の中のその実は、とにかく渋くて酸っぱい。
思い出すだけで、口の中にジワ~~~ンと、あまり嬉しくない唾液がわいてくるほどなのです。






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by t-haruno-2 | 2009-06-10 15:26
2009年 03月 26日

その5 <ばあちゃんの山>

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   シイタケの栽培方法には、<原木栽培>と<菌床栽培>の2種類があります。

   <菌床栽培>は、
   おがくずに米ぬかやフスマなどを混ぜて、ブロック状に固めた<菌床>に
   シイタケ菌を植え付けて栽培する方法。

   <原木栽培>は、漫画でばあちゃんがやっているように、
   コナラ、クヌギなどの樹をほだ木にして、栽培する方法です。

   原木栽培は、まず、山にあるコナラやクヌギの大木を伐り倒すことから始まります。
   伐るのは、落葉樹が休眠期に入ってからですから、
   私が住む香川県だと、11月半ばから~が、伐採期間でしょうか。
   伐り倒した樹は、そのまま山の斜面に1ヶ月ほど置いておき
   中の水分を蒸発させます。
   その後、チェーンソーで1メートルくらいに伐り分けて、ほだ木を作る。
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   ほだ木もまた、日の良く当たる斜面に置いて、さらに乾燥させます。
   そして、1ヶ月ほど乾燥させたのち、
   漫画の<植菌>と<仮伏せ>の作業となるのです。
   植菌は、暖かい香川県だと、1月から可能で
   そこからは、(全国共通だと思いますが)ソメイヨシノが咲く頃まで・・・・・・と言われています。

   樹を切り倒したり、ほだ木を運んだりと、原木栽培は大変な重労働です。
   なので、
   最近は、プロの栽培農家でも、
   軽くて持ち運びに便利な菌床栽培が増えている、と聞きます。

   でも、

   山にある樹を利用して作るシイタケの面白さと感動は、やはり格別。

   里山にコナラとクヌギがある限り、原木栽培をする人はいなくならないだろうな、と思うのです。






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by t-haruno-2 | 2009-03-26 16:11