山の子

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2010年 05月 01日

その21 <獣たちと人と 3>

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                                       つづく






アニメ映画「もののけ姫」の冒頭に出て来るアシタカの村は、シシ垣で囲われていました。
シシ垣の脇には、高い櫓(やぐら)があり、
シシ垣を超えて侵入して来る野生動物がいないか、見張りが立って、警戒をしていました。
明治に入るまで、この国の山間部の集落では、普通にあった光景だそうです。
私の住む香川県にも、シシ垣が残っています。
「二十四の瞳」で有名な小豆島は、かつて総延長120kmにもなるシシ垣で、島全体が囲われており、
その一部が、現存しています。
江戸時代に作られたものだそうで、高い所では高さ1.6m、幅が60cmにもなる土の壁が、
200mにわたって残っているのだとか。

そんなシシ垣も、明治に入って、急速に無用の物となっていきました。
ニホンオオカミの、最後の生息確認が、1905年。明治の38年。
ニホンカモシカが、国の天然記念物に指定されたのが1934年。昭和9年。
一般市民が猟銃を自由に使えるようになり、
いかにあっと言う間に野生動物が数を減らしていったのかがわかります。
もちろん、
ニホンオオカミには、外国から入って来たジステンパーの流行も致命傷になった・・・など、
他の要因もからんでの頭数減少でしょうが、
猟銃の普及がなければ、それでも細々と生きながらえていたかもしれない。
彼らだけではなく、
毛皮や肉が売れることもあり、鹿、イノシシなども、どんどん数を減らしていったのが、
明治から昭和の高度経済成長期にかけての、日本の姿だったようです。
約100年、
人間の優位が続いたことになりますね。

高度経済成長の時期に入って、状況が変わったのは、漫画に描いてきたとおりです。
今や、獣は優勢を取り戻し、
生活を守るため、シシ垣を復活させ、集落を囲む地域も出てきています。
現代のシシ垣ですから、土や石ではなく、丈夫な金網だったり、鉄の板だったりしますが。

しかし、
そういったシシ垣に囲まれた集落を「動物園の檻の中」に見立て、
「今や、人間が檻の中に暮らし、動物がその周りをのし歩いている」
というふうに、まるでみじめな状況のように表現する新聞やTV番組があるのは、とても気になるところです。
みじめもなにも、
ほんの150年前までは、
そうやって野生動物から暮らしを守りながら、野生動物を恐れて生きてきたのが人間だったというのに。
たった150年の間に、
<動物 = 動物園の檻の中にいるもの>
<人間 = 動物よりえらい>
という考えが、一般常識になってしまったんでしょうか。
だとしたら、ゴウマンもいいところ!不勉強もいいところだと思います。マスコミは。



不勉強といえば、半年くらい前だったか、
NHKの教育TVの番組で、とんでもないシーンが流れていたことがあります。
水彩画を描くとか、写真を上手に撮るとか、そういう趣味講座の番組だったと思うのですが
                                        (あやふやですみません)
講師だか生徒だかの中年男性が、番組の中で、神戸は六甲山のロックガーデンへ行った。
すると、男性の前に1頭のイノシシが現れたのです。
六甲山中は、もう何十年も前から、住宅地や観光施設の駐車場にイノシシが出没し、
ゴミを荒らすなど問題になっている地域で、
最近では、観光客がイノシシに食べ物をやることもあるらしく
駐車場には「イノシシに餌付けをしないでください」という看板が立つ所も、あるのだとか。
そういう場所なので、イノシシの登場には驚かなかったのですが、
驚いたのは、そのイノシシを前にした中年男性の行為です。
そのおっさん、
なんと、すっとしゃがんで、前に手を出し、
まるで猫でも呼ぶように、「ちょっちょっちょっちょっ」とイノシシに呼びかけた!


「なにやってんやーーー!!!
野生動物を人間に慣らしてどうするねん!ペット扱いしてどうするねん!」


私がTVに向かって叫んだのは、言うまでもないでしょう。
ショックだったのは、その男性の行動もたいがいにショックでしたが、
NHK教育TVが、その行為を「何の問題も無い」というふうに、平気でTVで流したこと。
つまり、この番組のディレクターも、野生動物に対するこういう行動に問題を感じない・・・ばかりか
こういう行動が「動物を愛する」だとか「動物を可愛がる」ってことだと思い込んでいる
ということなんでしょう。



冗談じゃありません!






野生動物にとって、人間の食べ物というのは、衝撃的に美味しいものらしいです。
・・・そりゃそうですよね。
普段、生のタケノコとか、生のドングリとか、草の新芽とか食べている生き物が
砂糖と油脂と、化学調味料タッッップリの人間の食べ物を口にしたら、メチャクチャ美味しい!!!と驚くはずです。
そして、一度それを口にすると、もう忘れられず、
それをくれた「人間」に、また寄って行くとか、
その食べ物の匂いにつられて民家に近づくとか、ゴミ箱をあさるとか、
そんな行為を繰り返すようになる・・・。
例えば、山の中で、無神経な人が、ポイッと弁当の残りを捨てて行く。
すると、それを拾って食べた熊が、人間の食べ物の匂いを覚えてしまい、民家のゴミ箱や台所を目指す
ということもあるのだとか・・・。
六甲山の駐車場に出没するイノシシも、一度もらったお菓子とか弁当の残りだとかが忘れられず、
すっかり餌付けされてしまっているのでしょう。

でも、

そうやって人間の生活場所に現れるようになった野生動物は、
ゴミを散らかすとか、人間にケガをさせるとか、農作物を傷めるとか、
そのうち何かトラブルを起こすもの。
そうすると、
駆除という形で殺されるのです。
餌付けした人間は罰せられずに、動物が殺される。

それを考えると、野生動物に安易に食べ物をやったり、人間に慣れさせたりするのは、
相手を愛するどころか命を縮めているだけ
だと思えるのですが。
加えて、人間の食べ物は、カロリーたっぷり、塩分たっぷり、添加物たっぷり。
そんなもの、野生の生き物に与えて、健康を害さないのでしょうか・・・・・・・・???



というようなことから、私は前述のNHK教育TVに出てきた男に
「このどアホ~~~~~~~~!!!」
と叫んでしまったわけですが、
この男性、食べ物は所持していませんでした。
なので、イノシシも、男性の方を見てじっとしているだけで、寄っては来ませんでしたが・・・、
手に食べ物があったら
間違いなく駆け寄ってきて、お菓子だのサンドイッチだのをもらって食べていたことでしょう。
・・・・・・・・そんなシーンが全国に流れなくて良かった・・・・・・・・
というのが、せめてもの救いです。



たった150年の間に、人間と野生動物との関係は
<人間優位>
<野生動物は可愛いから食べ物を与えてやる>
というふうに、相手をなめきったものになってしまったようです。

けれども、漫画にも描いてきたとおり、<人間優位>は、もはや都会だけの話。
野生動物が勢力を増している山間部で、野生動物を人に慣れさせる行為は、
野生動物のためにも、人間のためにもなりません。

遠くから、その存在を認識し、達者で暮らせよ、と願う。

野生動物に対しては、そのように考えを変えていく時期に、来ているのではないでしょうか。
(ふれあいたければペットを飼うとか、動物園のふれあいコーナーへ行って可愛がればいいのです)






正直言って、このような漫画を描くのはつらかったです。
こんな問題、暗いし、やっかいだし。読んでる人だって、イヤでしょうし。

けれども、
NHKが、
全国放送で、あんなシーンを平気で放送してしまうのを見てしまった以上、だまっているわけにはいきません。
あの男性が、「地方の現状を知らない」ために、ああいう行動をしたのだとすれば、
知らせなければ、
伝えなければ、
と思います。
また、里山の暮らしを描いている以上、
農業や林業への鳥獣害について、描かないですますわけにはいきませんし。

実を言えば私も、
まだ里山に通い始めて間もない頃、
私達の里山に鹿が現れた際には、珍しさのあまり、写真を撮ったり、じっと眺めたりしていました。
でも、
今度会ったら、もうそんなことはしません。
民家の周りに現れてはいけない!
もっと山奥で暮らせ!
と、石を投げておどします。棒を振り回して追いかける鬼ババになるつもりです。
それが、鹿のためなのだから。
自然との共存というのは、けっして美しいものではなく、苦しく厳しいものだと思います。



救いの無いこの漫画に、長々とつきあい、最後まで読んでくださった皆さま、
そしてコメントを書き込んでくださった皆さまには、深く感謝をいたします。
本当に、ありがとうございました。






      このブログ上の漫画、文章の著作権は、すべて高橋はるのにあります。
      無断での転載、転用は、ご遠慮願います。

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by t-haruno-2 | 2010-05-01 17:03 | Comments(6)
2010年 04月 13日

その20 <獣たちと人と  2>

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                                       つづく



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by t-haruno-2 | 2010-04-13 20:22 | Comments(10)
2010年 03月 26日

その19 <獣たちと人と  1>

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by t-haruno-2 | 2010-03-26 16:49 | Comments(4)
2010年 02月 25日

その18 <シイタケの原木栽培>

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私がお借りしている里山の持ち主・マスターTさんは、かつてシイタケの原木栽培もしておられ、
その名残りが、マスターTさんちの敷地の中には、色々と残っています。
↓の三角屋根の、ふたつの建物は、ガラス張りのシイタケ用温室。
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温室のそばにある↓この泉水は、シイタケのほだ木を浸けるために作ったものだそう。
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また、農作業小屋の中には、シイタケ専用の乾燥機という大きな機械も残っていました。
そういう設備投資をして、大がかりに原木栽培のシイタケを出荷していた時期があり、マスターTさんの奥さんは、
「収穫期は冬じゃけん。もう大晦日の夜中まで、出荷の作業をしよった」
とおっしゃっていました。

しかし、

もうずっと前に、マスターTさんは、シイタケの栽培を止められました。
何故、止められたのか、
マスターTさんにお聞きしたことはないのですが、
山で、ほだ木となるコナラやクヌギを伐り倒し、ほだ木を作って山から降ろし・・・
といった作業が大変だったこともあるでしょう。きっと。
また、安い中国産が輸入されるようになったから、というのもあるかもしれない・・・。
今、シイタケの温室は、農作業道具をしまっておく場所となり、泉水では、夏、スイカが冷やされています。






「何故、里山の手入れをするのか」。

このことについて、私は、ずっと
「いつかどこかの子ども達が、カブトムシを捕りたい!と思った時、入れる山を残しておきたいから」
と自分に言い聞かせ、人に聞かれたらそう答えることにしていました。
実際、里山の手入れを始めた頃、我が甥っ子は3歳。
夏になれば「カブトムシを捕りに行く!」と張り切り、
早朝じゃないと見つけにくいと聞けば、朝の4時に起きて、義妹や義母に連れられ(義妹も義母も大変)、
我々の手入れしている区画に通って、手入れをしている私と夫を喜ばせてくれたものでした。
また、マスターTさんのお孫さん達も、山に入って遊び、里山オーナーのやりがいとなったものです。
ですから、
今、甥っ子は10歳で、地元の少年サッカークラブの方が魅力的となり、里山へは来なくなりましたが、
保育園児や小学校の低学年の子供でも、入ってウロウロできる山というのは、やはり大事に守ってやらねば
と、今も私は思っています。
その思いは変わることは無いのですが・・・。



正直言って、
「カブトムシを捕りたい子供が入れる山を、残しておきたいから」
という理由には、ちょっと「建前的」なものを感じて、居心地が悪かった私。
なんでかって、
カブトムシを捕るのは、公園やキャンプ場が、充分にかなえてくれることですから。
<里山を手入れして残していく理由>としては、ちょっと説得力に欠けるかなぁ・・・・・・・・
と、苦しいものを感じていました。
かといって、
人に「なんでそんなことをしてるの?」と聞かれた時、
明確に答えられる他の言葉を思いつけるわけでもなく・・・・・・・・。



そんな中、
里山の手入れによって採れるようになった山菜、木の実、自分達で栽培するシイタケなどを調理し、
保存食や加工食を作っていくうちに

「生活に必要なものを得られる宝の山が、里山」

と気づき、
やっと、ここが生活の場所であり、公園やキャンプ場とは根本的に違うんだ
ということに思い至りました。

その<根本的に違う>部分こそが、<里山を手入れして残していく>理由だ!と。

・・・・・・・・って、もう、あまりにも当たり前なことに今さら気づいて、笑われそうですが、
里山に住んでいるわけじゃなく、週末に通って手入れをしている立場だと、
私の場合、このことを心の底から理解するのに、ものすごい時間と経験が必要だったらしくて。

以来、ずっと思ってます。

里山を利用するために、先人達は、山のような技術と知恵を蓄積してきた。
それらを無駄にしないために、里山の手入れをして里山を守っているんだ、と。

う~~~ん、ちょっと硬いですが。



今、日本は、世界中から食糧・食料を輸入し、大量の食品を廃棄する国になっています。
が、
ほんの60年前までは、食べるものが無く、栄養失調で餓死する人が、この国にたくさんいたはず。
その当時を知る人は、その頃、「日本が将来こういう国になっている」なんて、全く想像できなかったことでしょう。
・・・・・・・・それを考えると
この先、数十年たっても、日本が、今と同じようにバンバン食糧・食料を輸入して飽食の国でいられるなんて、
とても断言できません!
でも、その時になって、里山も田畑も荒れ果てている!食料が自給できない!なんてあわてたって、もう遅い。
おそらく、常緑樹が増え、ジャングルとなった山からは、木の実も山菜も採れないでしょうし、
キノコを採りに山に入ることも出来ないでしょう。
また、木の実やキノコが採れたとしても、
食べるための知恵と技術が、途絶えてしまっているかもしれない・・・。
常緑樹ばかりになった山から流れ出て来る水は、栄養が少ないでしょうから、
その水で稲作をしても、収穫は少ないかも。
そして、山とつながった海でも、漁獲量は減るのではないか。



考えると、次から次へと怖い未来が浮かんできてしまいます。



里山とは何か?を知ること。
そして、その里山を利用する知恵と技術を身につけること。


それが、未来への不安を少なくする方法のひとつだと、私は思っています。

シイタケの原木栽培も、先人の知恵のひとつ。
前述したように、プロでやろうとなると、たくさんの設備が必要になるようですが、
漫画の中で、ばあちゃんがやっているような、趣味の栽培なら、山さえあれば誰にでも出来ること。
そして、趣味レベルでも出来る技術というのは、基本中の基本ですから、覚えておいて損はない。
漫画に描いたとおり、先人達の試行錯誤の上に出来上がった、素晴らしい技術ですし、
素人の私でも「えええっ!???」と驚くほどの収穫が得られるのですから、
将来、中国の人件費が跳ね上がって、安い中国産のシイタケに、この国が頼れなくなった時、
必ずや役に立つはず・・・・・・・・!
ブラボ~~~♪原木栽培。



なお、シイタケの原木栽培については、<山の子 その5 ばあちゃんの山>に詳しく書いてあります。






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by t-haruno-2 | 2010-02-25 20:09 | Comments(8)
2010年 01月 21日

その17 <もやかき>

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マスターTさんの里山の中には、二股に分かれた大きなクヌギやコナラがたくさんあります。
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いずれも、直径が30~40cmにもなろうかという、大きな樹ばかり。
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よく見ると二股の真ん中には、切り株が、埋もれるように残っていて
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この樹が、昔、伐採され、
その後「ひこばえ」が生え、それを「もやかき」されて、大きく育ったものなんだな、ということがわかります。
コナラやクヌギには、こういう、伐られても「ひこばえ」から再生する力が強く、
老木になるまで何度も伐られて、薪、炭、シイタケのほだ木に・・・と、人の暮らしに活用されてきました。
青子が圧倒されたように、
この再生の力は、まったく素晴らしい。
そして、再生力を知り、これらの樹を里山に植えていった先人達の知恵にも、また頭が下がるばかりです。

このような「ひこばえ」からの再生は、「萌芽更新(ほうがこうしん)」と呼ばれています。
私達のお借りしている区画と、その周辺をちょっと歩くだけでも
本当に、たくさんの萌芽更新したコナラやクヌギを見つけることができます。
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これは、マスターTさんの山では珍しい、三股。↓
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どの樹も、おそらく、伐採後30~40年は経っているのでしょう。
本来は、伐採後15~20年くらいの、もっと幹が細い時期に、再度伐採されていたはずですが、
薪や炭が使われなくなり、
伐られないまま、樹も大きくなっていったようです。
しかし、この「もやかき」された樹を見るにつけ、
次の伐採に向けて、マスターTさんは、ちゃんと樹を管理されていたのだな
と思い、
胸が詰まります。
あまりにも極端な、時代の変わりように。






ところで、「やまおやじ」という言葉、聞いたことがおありでしょうか?
これは、
もっと細い段階で何度も伐採され、萌芽更新を繰り返したコナラやクヌギの根元部分が
ボコボコと、コブのあるいびつなおイモのような形状になり、
そのうちに、真ん中にあった一番最初の切り株も腐って、おイモの中が空洞になり、
なんとも言えない不思議な形になったまま、山の中に立っているさまを、
写真家の今森光彦さんが、そう呼んだのだそうで、
「やまおやじ」の写真集も出されているんだそう。

私達の区画の樹は、
一度伐られただけで、その後放っておかれたものばかりらしく、
ボコボコといびつな「やまおやじ」は見かけませんが
もっと広くこの山を歩けば、私も、彼に出会えるのかもしれません。



皆さんの近くに、やまおやじはいるでしょうか?

もしいなくても、山歩きやハイキング、キャンプなどに出かけた時、周囲の森をちょっと観察してみてください。

そこに、やまおやじや、二股のクヌギが立っていれば
そこは、かつての里山。
多くの恵みをもたらす宝の山で、
今だって、気づきさえすれば、まだまだ多くの恵みが、そこからは得られるはずです。
誰かが「もやかき」をしたあかしが、今、そこに立っているのですから。








※ ※ ※ <追記> ※ ※ ※

「やまおやじ」について、
kurooさんから、「それは雪の積もる地域の産物だよ」と教えていただきました。
なるほど。

手元に「やまおやじ」の写真がないので、文字で説明するしかないのですが、
コナラやクヌギの樹の幹が、1メートルくらいの高さのところで、
ボコボコとおイモのようにいびつな形になっているのが「やまおやじ」です。
そして、そのいびつな部分から、また新しい枝が出ている場合もある。
1メートルくらいの高さがボコボコしている・・・
というのは、そこで何度も樹を伐ってるからですが、
<そんな高い部分で伐採をしている>という点が、不思議でした。
雪の降る地域で、積雪期に樹の伐採をしていたため、
地面から、はるかに高い所に切り株が出来た、ということなのですね。

私は、「やまおやじ」は本で見たのですが、
1メートル~1メートル50センチくらいの高さのボコボコした幹の樹が
山の中に存在しているのは、
まさに
「ヌッと立っている」
感じで
今森光彦さんが、これを「やまおやじ」と名付けたのには、
「上手いな~~~」と、感心するばかりです。



さて、
というわけで、
積雪の無い我が里山には、残念ながら「やまおやじ」はいません。
しかし、
「やまおやじ」的なものは、いるのじゃないか・・・?
つまり、
そんな1メートルも1メートル50センチも背丈が無くとも
地面に近いところで、何度も伐採を繰り返されて出来た
「ミニやまおやじ」みたいなのが
我が里山にいたっておかしくは無いのじゃないかしら・・・?
と考え、探してみたら
いました!
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ちょっとわかりづらいかもしれませんが、↑の右手手前に、切り株があるのが
わかりますでしょうか?
この樹を横から見ると、こんな感じ。↓
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斜面の下手で伐採されて、その後、上手に2本の樹が育っているのがわかります。
で、真ん中あたりがくぼんでいるのは、
一番最初の伐採時の切り株は、ここにあった、ということなのでしょう。
その、最初の切り株は、今はもう、分解されて土になり無くなった。
そして、2度目の伐採を経て
今や、3度目の伐採をするべき太さに、樹は育っています。
いや、本当に、落葉広葉樹ってすごい・・・。

・・・とはいえ
これは「やまおやじ」というより
「やまおやじの足」もしくは「やまおやじの靴下」と言った方が良いかもしれませんね。

私達の区画と、その周辺には、
何度も伐採を繰り返された樹というのは、あまり無いようで
「やまおやじの足」は、これ1本(と数えるべきか?)だけでした。

でも、こういう山仕事の歴史を、この目で見られるのは楽しいことです。



積雪の無い地域の皆さん。
山歩きやハイキングの時、
「二股クヌギ」や、「やまおやじの足」を、是非、探してみてくださいね。






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by t-haruno-2 | 2010-01-21 19:47 | Comments(10)
2009年 12月 16日

その16 <海からの贈り物>

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                                           つづく






「森は海の恋人」運動を御存知でしょうか?

山に住むばあちゃんは、「山は海の恋人」と、ちょっと間違えて覚えてしまっていますが、
本当は「森は海の恋人」という名前の、この運動。

これは、宮城県の気仙沼湾で、牡蠣やホタテの養殖をしておられる、畠山重篤さんとおっしゃる方が
もう20年以上前に始められた、
海の大切なパートナーである「山」や「森」を作る活動のことです。



畠山さんは、長年、牡蠣やホタテの養殖にたずさわってこられ、
良い漁場というのは、海に流れ込む川の上流に、落葉広葉樹の森があるものなのだ、ということを学ばれます。
何故、落葉広葉樹の森が必要か、と言うと
貝や魚のエサとなるプランクトン、
このプランクトンの生育に欠かせない養分が、
落葉広葉樹の森の、腐葉土の中に含まれているからなのだそうです。
これが、川を通じて海に流れ込めば、プランクトンが増えて、貝や魚が豊富になる。

ほんの50年ほど前までは、
薪や炭を燃料にしていたため、
里山には、その材料となるコナラやクヌギが、いっぱい生えていました(正確には、植えられていました)。
それらは、農家が使う、落ち葉堆肥の元でもあり、生活には欠かせない存在だったのです。
ですから、
その頃までは、
里山から養分いっぱいの水が流れ込み、日本中の沿岸が、素晴らしい漁場だったはず。
堆肥用に、落ち葉がかき集められていたとしても、
まだまだ充分、腐葉土は山にあったことでしょうから。
それくらい、薪炭用の林が、山々の、ものすごく広い面積を占めていたのですから。

しかし、
燃料がガスや電気、石油に切り替わり、堆肥は化学肥料に取って代わられるようになり、
里山のコナラやクヌギは「役立たず」の存在となっていきます。
そんな中で、山を持つ林家や農家が、
「売れる木を育てよう」
と落葉広葉樹の森を、どんどん杉の林に変えていったのは、いたしかたないことだと思います。
その頃は、木材の輸入が自由化されておらず、
杉を育てれば、建材として高く売れる時代だったのですから・・・・・・。

ただ、その結果、日本中の山から、落葉広葉樹の森が、どんどん減っていきました。
常緑樹である杉の林は、腐葉土を生みません。
加えて、川の上流にダムが多く作られ、川の水量そのものが減っていきます・・・。
こうして、流れ込む栄養分を失ってしまった海では、
プランクトンがどんどん減り、結果、貝や魚の漁獲量も減っていっているのです。
実際、
私が住む瀬戸内海沿岸でも、
天然の魚の漁獲量は、この数十年で、かなり減っているそうです。
瀬戸内名物のサワラなんて、本当に獲れなくなったと聞いています。
きっと、日本全国の沿岸で、同じことが起こっているのではないでしょうか。



このことに気づいた畠山さんは、気仙沼湾に注ぎ込む川の上流に、落葉広葉樹を植林する運動を始められました。
この運動のキャッチフレーズとなったのが
「森は海の恋人」。

この言葉にふさわしく、
この運動は、よくある植林イベントだけには終わっていません。
小中学生を、海にも連れ出すのだそうです。

気仙沼湾の、畠山さんの養殖場で、小中学生を前に、畠山さんは海の水をコップにすくいます。
プランクトンの豊富な海ですから、水はとても濁っている。
「透明な海が綺麗な海だ」と思っている子供達は、「うえ~~~。汚い水」と思いますが、
生活廃水で汚れているわけじゃない、プランクトンなんだ、と言って聞かせ、
なんと、その海水を飲め
と言うのだそうです。
私がその場にいたら「ゲッ!」と思うでしょう。
実際、飲めない子もいるそうですが、子供って好奇心旺盛ですね。
多くの子が「うえ~~~」って顔をしながら、飲むんだそうですよ。
その後、養殖場の牡蠣を、採ったその場で食べさせる。
美味しいでしょうねーーー。
で、
その美味しい牡蠣は、どうして出来るのか。牡蠣のためには、何が必要なのか?
豊かな山、森が必要なんだ、と教えるんだそう。

これは、スッと頭に入るだろうな、と思います。
そして、すごく広い視野を獲得するのだろうな、と。子供達が。



恥ずかしながら、私は、里山の手入れをしながら、海のことには、全く頭がおよんでいませんでした。
ですので、
ずっと手入れをしつつ
「この山の植生をどうしていったらいいのか」
結論が出ず、迷いっぱなしでした。

マスターTさんの山は、もとは薪炭林ですから、コナラやクヌギが多いのですが
しかし、
薪炭用の手入れをすることを30年前に止めてしまったため、
落葉樹が葉を落としてしまう時期になると、よくわかるんですが・・・・・・
落葉樹の下層に、常緑樹が育って来ているのが、わかりますでしょうか?↓
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これらは、落葉樹が葉を落とし、休眠している間に勢力を広げている椿、シイ、カシなどです。
薪炭林として手入れをされていた時代には、
こういう木々は、樹を伐り出す時の邪魔にもなるので、小さな苗木の段階で、冬の間に伐ってしまっていたはず。
・・・・・・でも、
30年以上、手を入れていませんから、常緑樹はすっかり大きくなって、今や「層」を成すほどです。

これらの常緑樹を、どうしたものか・・・と、私は、長く迷っていました。
だって、薪や炭を売るわけじゃないし、
家庭菜園用に落ち葉堆肥を作るにしたって、何十本もコナラやクヌギが必要なわけではない・・・。
なので、
常緑樹を置いておいて、
コナラやクヌギが、いずれ台風などで倒れたら、下層の木々に育ってもらえばいいかな?
なんて考えていた。
このあたりは、そもそも、人が手を入れる前は、シイやカシなどの照葉樹林帯だったはずです。
西日本は、そういう土地が多いですから。
ですから、
本来の植生に、いつかは戻っていってもいいのかなぁ・・・・・・・・・と。






でも、「森は海の恋人」運動を知ってから、考えは変わりました。

この山から流れる水も、瀬戸内海に注ぐ。

そう思うと、コナラやクヌギの森は、残しておきたいではないですか。



たかだか300坪の、私達の区画ではありますが、
海まで視野を広げたことで、「どういう山にしていくか」
方向が見えてきたような気がしている、7年目の冬なのでした。
   (ホント、300坪で、瀬戸内海のため!なんて仰々しいことこのうえないのですが、
    考えがまとまって、やっとスッキリしたと言うか、ホッとした気持ちなのです)





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by t-haruno-2 | 2009-12-16 16:10 | Comments(10)
2009年 11月 16日

その15 <宝の山>

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                                          つづく






7年前に里山オーナーになった頃、私は、木々の名前をあんまり知りませんでした。
いや、「あんまり」なんて言ったら、格好をつけすぎです。
「ほとんど」知らなかった。
松と杉の区別はつきますが、
杉とヒノキの違いは知らない、
というくらい、木の名前にはうとかったのでした。



里山に通うようになって、「四国の樹木図鑑」なるものを買い、
少しずつ、自分達の区画にある木の名前から
本当に少しずつ、木の特徴を覚えていきました。

そうすると、実に色々な木が、マスターTさんの里山には生えているんだな、ということに気がついた。

コナラ、クヌギといった、
「落ち葉堆肥や薪炭用に植えたんだな」
と思われる木はもとより
ホオノキ、クロモジ、ネムノキ、
      椿、タラノキ、エゴノキ、
            ケヤキ、エノキ、ノグルミ・・・・・・・・・・・・
それはもう、数え切れない種類の木が、そこにはあったのです。
そして、樹木図鑑で調べてみれば、それらには、皆、それぞれに使い道があった。
戦前までは、家具に食器に、染料に、漢方薬の材料にと、すべての木が利用されていたんじゃないの?
と思えるほど、
利用価値のある木が、そこには育っていたのです。

先祖代々、必要な木を少しずつ植えていったんだろうな
と、この山の歴史に、思いをはせました。



もちろん、もう30年近く利用されていない里山ですから、最初に植えた場所からは遠く離れて
意図しない場所に、ひょんなものが生えていたりもします。
例えば、
私達のお借りした区画には、大きなシュロの木があるのですが、
これは、淡竹(ハチク)の竹林を皆伐していたら、中から姿を現したもの。
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竹林は、もとは栗を栽培していた所だったそうですから、
栗林の中に、マスターTさんがシュロを植えたわけは、無い。
シュロの実を食べた鳥のフンが、ここに落ちて、シュロが芽吹いた結果なのでしょう。
また、
唐突な場所に、ナワシログミも生えています。
これも、きっと、グミをついばんだ鳥が、種を運んだのでしょうね。

その種の元になった木々、
シュロは、シュロ縄を作ったり、シュロのほうきを作ったりするために、
ナワシログミは、実を食べるために、
遠い昔に、マスターTさんの御先祖様が、庭先や里山の裾野に植えたものだと思われます。



そんなふうに、もう長く利用されていない里山ですから、
木々は大きく育ち、山はうっそうとしています。
30年以上前には、
15年に一度くらい、杣師(そまし : 木を伐採する仕事の人のことです)が、やって来て
薪炭用のコナラやクヌギを伐り、買って行ったそうですから
その頃の里山は、木もそんなに大きくなく、常に地面が見えるような状態だったことでしょう。

今は、15年に一度伐られることも無く
クヌギ(写真の中央の木)も30メートルくらいになって。
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でも、
昔とは、随分と様変わりしてしてしまった里山ですが、
大きく育ったコナラやクヌギは、シイタケのほだ木を大量に生み出してくれますし、
栗やナワシログミ、モクノキ(ムクノキ)などは、美味しい実をつけてくれる。
早春には、タラの芽。

昔から、少しずつ、人の手で作られてきた里山は、
やっぱり、今も宝の山なのだと思います。






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by t-haruno-2 | 2009-11-16 16:44 | Comments(25)
2009年 10月 19日

その14 <マツタケへの道>

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2003年に、1区画300坪、20区画で始まった私達の里山の整備。
翌2004年の秋、我らが里山のトップニュースは
ある区画でマツタケが出た!
ということでした。

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その区画には、アカマツの林があり、
「整備をすれば、マツタケが出るんと違うか~~~」
と、最初から、里山オーナーの間では言われていた場所だったのです。

とは言え、

「本当に出る」とは、皆、思っていなかったかも???

なにしろ、そのアカマツの林も、
里山の他の部分と同じで、
竹や雑木に周囲をビッシリと覆われて
さながら<ジャングルに埋もれたアンコールワット>という状態だったのですから。



けれども、その区画を借りた里山オーナーさんは、熱心に山に通い、
モウソウチクの藪を伐り払い、
雑木を伐り、ツタを払い、地面に数十センチも積もった落ち葉もかき、
一生懸命手入れをされました。

結果、
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喜ばれたのは、里山の持ち主マスターTさんです。
この山でマツタケを見たのは、なんと5年ぶりだったとか。
里山を人に貸すという、大変やっかいな計画を受け入れて、でも、1年半で、その結果が出たわけです!
本当に良かった。






マツタケは、アカマツの根が無いと発生しない、不思議なキノコです。
そして、アカマツ同様、あまり栄養が無い場所でも生きていけるという性質を持っています。
昔の里山は、<貧栄養>という意味では、
アカマツにとってもマツタケにとっても、
生存競争の相手も少ない、とっても住みやすい場所だったんだろうな
と思います。

でも、落ち葉が深く積もった、栄養豊かな今の里山は、
他の樹、他の菌にとっても住み良い所。
アカマツやマツタケは、強い競争相手に負けて、里山から姿を消しつつある、と言われているのです。



ですから、マツタケ山を復活させるには、
とにかく、昔の里山に戻すこと。

   ① アカマツの林があるなら、まず、アカマツの周囲の竹や雑木を伐り払い、
   アカマツ林の中、地面に木漏れ日が当たるような状態にします。
   直射日光が当たりすぎてもいけないので、アカマツの枝から陽がもれる・・・くらいに。

   ② それから、地面に積もった落ち葉をかく。
   分厚い落ち葉の布団があると、マツタケが顔を出せませんから、
   地面に、うっすらと落ち葉が散らばっている、というくらいにする。

   山にアカマツが無い場合は、雑木や竹を伐り払い、落ち葉をかいて、さら地を作り、
   アカマツの苗木を植えるか、アカマツの発芽を待つことになりますが、
   よく日が当たり、<貧栄養>の場所を好む樹木ですから、手入れを続けて、その状態をキープするのが大切。
   また、マツタケは古いアカマツ林にしか出ないそうですから、
   15年~20年は、山の手入れを続ける覚悟ではじめましょう。
   樹木が相手の山の手入れは、気長~~~に、気長~~~に、が一番です。




さて、こうして準備万端整いましたら、
その辺をフワフワと漂っているマツタケ菌が、アカマツの根にたどり着くのを待ちます。
上記のように、私達の里山では、手入れを始めて1年半で結果が出たわけですから
マツタケ菌も、共生相手を求めて、常に山の中をウロウロしているんでしょうね?きっと。

ですから、青子も、
これから大変な作業が待ってはいるものの
なに、古いアカマツ林はあるのだし、
根性出して、やりとげて欲しいものだ、と思っています。






昔の里山では、大量に採れて、さしてありがたみが無かっただろうマツタケ。
          (他に、もっと美味しいキノコが、いくらでも採れたでしょうから)
時代が変わって、今は異様なまでの高級品になってしまっていますが、
マツタケ自体は、手入れをされたアカマツ林の贈り物。
ですから、
あっちで、こっちで、マツタケ山が復活する日を願っています。






      <追記>
      kurooさんのお話では、コメツガの林にも、マツタケは出るそうです。
      コメツガも、痩せた土地で生きられる樹。
      マツタケ菌も、色んな共生相手を見つけ出しているのですね!
      コメツガという樹が、もっともっと広い範囲に分布する樹だったならば・・・・・・、
      マツタケは、今頃、「コメツガタケ」と呼ばれていたのかも???







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by t-haruno-2 | 2009-10-19 16:18 | Comments(14)
2009年 09月 18日

その13 <台風のあと>

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私達夫婦が、2003年の春に山をお借りした時、そこは20年以上手入れがされておらず、
人が入って行けるような状態ではありませんでした。(・・・って、入って行って写真を撮っておりますが)
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そこで、竹を徹底的に伐り払い、
密集している雑木を間伐し、
人が入って、山菜を採ったり、花を愛でたりできる山にしていった。
スッキリと気持ち良い風景になった時は、本当に嬉しかったものでした。
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ただ、困ったのは、手入れで出た、膨大な量の竹や雑木の処理。
薪や炭が燃料だった時代なら、1年も持たず、これらを使い切ってしまえるのでしょうが、
燃料にはならない、今の私の生活。
これは「ゴミ」にしかならないのでした。

使い道が無いのなら、しばらく山の中に放っておいて木が乾くのを待ち、
乾いたら、集めて燃やす・・・
という手もあるのですが、
山火事の危険が大きく、消防署の許可無しでは、今の時代、そんなことは出来やしません。
かといって、山から持ち出し、「燃えるゴミ」に出すなんてのは、論外だし。

結局、これらの竹や木を細かく解体し、
山のあっちこっちに積み上げておく
という手段しか、私達には思いつけませんでした。
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しかし、1箇所や2箇所なら良いのですが、山の中のあっちにもこっちにも
竹やら木の枝やらが積み上げられている。



・・・・・・ハッキリ言って、良い気持ちはしません。



頑張って手入れをした以上は、キャンプ場や公園みたいにスッキリとした空間を夢見ていたわけです。
当時の私は。
もしくは、私が子供だった頃の里山。
まだお風呂を薪で焚いていた時代の里山は、木が適度に伐られ
地面の落ち葉も、綺麗に掃き集められて、
子供達が自在に走り回って遊べる場所でした。
そういう、明るく、よく片付いた山を理想にしていたのかもしれません。



でも・・・・・・。



理想を言っても、マンション暮らしでは、どうにもならず、
雑木の一部を、シイタケのほだ木にした以外は、山の中に積み上げておくしかなかった「ゴミ」。

そう、最初は、本当に「見苦しいゴミ」という感覚でしかなかったのです。これらが。






段々変わって来たのは、いつ頃からでしょうか。

ここは、公園でもキャンプ場でもない。

ましてや、昔の里山でもない。

今の時代の、私の生活にあった手入れを続けていくしかないじゃないか。


と思えるようになったのは。

多分、ここまで吹っ切れたのは、ごくごく最近のことのように思います。

吹っ切れて行くに従って、「ゴミ」が「堆肥の元」に見えるようになって来ました。
もちろん、小枝や落ち葉が、畑の良い堆肥になるのはわかっていましたが、
そうではなくて
山の中に積み上げている竹や木も、長い長い年月をかけて、いずれは土に戻り、
やがて山の肥やしになるんだな・・・と。
そういう風に、のんびりした気持ちで眺められるようになってきたわけです。

この間、
大型の台風によって、30メートルもある大クヌギが倒れる、ということもありました。
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大勢の方に助けていただいて、これを解体したのですが、
根元の直径が60センチもあり、根元の方は、短く伐っても、とても動かせる重さではなかった。
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しかたがないので、これらは、もう、伐った山の斜面に、そのままゴロンゴロンと置いてあります。

正直、見苦しい!

・・・・・・でも、解体から6年。
丸太には、色々なキノコが生え(食べられないのばっか!)、山の微生物に徐々に分解されつつあります。
サラサラの堆肥になるのに、あとどれくらいかかるかわかりませんが、
いつの日か
大クヌギも、完全に山にかえることでしょう。







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by t-haruno-2 | 2009-09-18 15:25 | Comments(9)
2009年 08月 25日

その12 <お盆のお団子>



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私の父の実家は農家で、
幼い頃、お盆のお墓参りに行くと、祖母と叔母は、必ずあんこでくるんだお団子を出してくれました。
冬に訪ねた時には、小豆がたっぷり入ったぜんざいを。

時は、日本の食文化が音をたてて変わりつつあった高度経済成長期ですから、
正直な気持ちを書くと
あんこのお団子や、ぜんざいは、幼い私には魅力的ではありませんでした。

よそのお宅へお客さんで行った時には、
ショートケーキやクッキー、ゼリーなどなど、洋菓子でもてなされるのが普通となった時代です。
また、私も子供だから、
そういう洋菓子が、すっごく嬉しかった。

なので、父の実家で、お団子やぜんぜいを、パクパク!舞い上がって食べた記憶はありません。
あまり嬉しそうな顔は、していなかったかもしれない。
今となっては、
祖母や叔母に申し訳なかったなぁ
と思っています。

砂糖をたっぷり入れたあんこやぜんざいが、一番のご馳走。
祖母は、きっとそう考えていたのでしょう。
本当に、申し訳なかったな・・・・・・。



漫画では、このお盆のお団子、
「こしあんをたっぷりぬって・・・」
と描いていますが、
記憶をたぐれば、あんの中に、チョコチョコッと小豆の皮が混ざっていたような気もします。

もしかしたら、つぶあんだったのかしら・・・・・・・・・?

今は、もう、祖母も叔母もなく、
真実を確かめるすべもありません。

今、食べたら、きっとすごく美味しいはずなのに。
お盆のお団子。









戦争について、私は、自分の親や祖父母、親戚から、具体的な話を聞いたことはありません。
子供の時も、今も。
一度、仕事で戦争中の話を描くことがあり、
その際、
両親に、かなりしつこく当時のことを聞きましたら、さすがにその時は答えてくれましたが。
でも、
それ以外では、自分から戦争の話をしてくれる年長者は、身近にはおりませんでした。
今も、おりません。

ですから、戦時中のことについては、
本やTV、映画などで知ることになるのですが、
子供の頃、読んだり観たりしたものは、主人公が空襲にあったり、原爆にあったり、
大変に怖く、悲しいものばかりだったような気がします。

<戦争=怖い>
子供時代の戦争のイメージは、私にとっては、そういうものとなりました。



しかし、大人になるにつれ、そのイメージは変わってきます。

いかに国家が、国民を戦争の道具として、粗末にあつかっていたか

大人になって知るようになった先の戦争の姿とは、そういうものでした。

「戦争はイヤだ」
というひと言さえ言えない時代。
言えば、刑務所に引っ張られ、拷問さえされる時代。

子供達には、
お国のために戦争に行くことが、一番立派なこと
と、幼少の時から徹底して教え込み
予科練などに志願する子供を、いっぱい作った時代。

また、その子供の数を増やすために、「産めよ増やせよ」と、国民に命令した時代。
兵隊の数を増やすために、子供をたくさん産め
と言われた時代を想像すると、
血液の温度が下がりそうな恐ろしさと違和感を感じます。
と同時に、腹の底からわき上がってくる怒りも。



でも・・・・・・・・・
私が、その当時、大人だったなら、「戦争反対」を言う勇気もなく、竹やり訓練に参加していたことだろう
と思います。

そして、子供だったなら。

私は、小学校卒業の頃までは、大変にものわかりの良い優等生でしたので
          (夏休みの宿題のワークブックを、7月中に仕上げるような)
間違いなく、とても優秀な軍国少女になっていたことでしょう。
戦地の兵隊さんへの慰問の作文を、実に立派に書き上げ、校長先生にほめられるような子だったはず。

それが、まるで目に見えるようにわかるだけに
「ものが言えない時代」
「国家に、戦争のツールにされる時代」
は、二度とごめんだ!と思うのです。



この国で8月6日に何があったかを、「知らない」という10代の若者が出てきていると聞きます。
太平洋戦争で、日本と戦ったのがアメリカだ、ということを知らない沖縄の高校生もいる、という話も。

そういう話を聞くにつけ
あの時代がどういう時代だったのか
知っていかねば
と、
歳を取るほどに、強く思うようになっています。






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by t-haruno-2 | 2009-08-25 16:33 | Comments(6)